「個別最適化された/個別最適な学び」という用語の意味理解と実践化をめぐる諸課題(その1)

  この記事は、おそらく次期学習指導要領に組み込まれることになると予測される「個別最適」という用語に関する研究メモである。そこには、思わぬ誤解や誤記等が含まれているかもしれないので、ご注意願いたい。そうした誤りを発見された場合には、ぜひご批正いただければ幸いである。

 今回は、この用語の意味理解に必要となる基礎中の基礎と言ってよい最低限の文脈を確認、整理しておくことから始める。その上で、もう少し詳細に立ち入った検討や、そこで整理した論点を敷衍する作業は、機会を改めて行いたい。

 

 「個別最適化された学び」という表現は、2018年6月25日に経済産業省によって公表された「『未来の教室』とEdTech研究会の第1次提言」において初めて登場したものと見られる[1]。ちなみに、EdTech(エドテック)とは、Education(教育)とtechnology(情報技術)を組み合わせた造語で、AIや動画、オンライン会話等のデジタル技術を活用した革新的な教育技法を指す用語として用いられている。この第1次提言が、経産省による「未来の教室」プロジェクトの端緒であった。この提言書における「個別最適化された学び」については、「もっと短時間で効果的な学び方」を可能にするものとして「学びの生産性」という要因が特に強調されているように思われる。

 それに対して2019年6月25日公表の同第2次提言では、「学びの自立化・個別最適化」という表現で、「個別最適化」が「自立化」という言葉と並列的に結合され、「一人ひとり違う認知特性や学習到達度等をもとに、学び方を選べる学び」という定義が与えられ、1. 知識の習得は、一律・一斉・一方向授業から「EdTechによる自学自習と学び合い」へと重心を移行すること、2. 幼児期から「個別学習計画」を策定し、蓄積した「学習ログ」をもとに修正し続けるサイクルを構築すること、 3.多様な学び方(到達度主義の導入、個別学習計画の認定、ネット・リアル融合の学び方の導入)を保障すること、という指針が提起されている。

 文部科学省は、これらを受けて、2019年6月25日に「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」と題した政策指針を公表し、その中では、「誰一人取り残すことのない、公正に個別最適化された学び」という表現が用いられるようになった。この「最終まとめ」は、そのような学びの実現に向けて、新時代に求められる教育の在り方や、教育現場でICT環境を基盤とした先端技術や教育ビッグデータを活用する意義と課題について整理したとされている。これ以降、2019年12月に公表されたGIGAスクール構想や「未来の教室」ヴィジョン等では、「個別最適化された」という形容語句には、「公正」さらに、その具体的なイメージを表す「誰一人取り残すことのない」というフレーズが付加されることになる。ちなみに、この「最終まとめ」という政策指針は、中教審の関与は全くなく、2019年5月に公表された教育再生実行会議第十一次提言等を踏まえて、柴山文科省(当時)のリーダシップのもとに公表された文書のようである。

 他方、2021年1月26日に公表された中教審答申「「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)」では、上に概観した経緯を踏まえながらも、それらとは対照的に、より教育学的な文脈に深く根ざし、1996年の中央教育審議会答申(第一次答申)以降の学習指導要領でも用いられている「個に応じた指導」という視点と接続されているとともに、教育学者の加藤幸次がかつて理論化した「個別化・個性化教育」の概念を用いて、その再定式化が図られているところに特徴があると言える[2]。すなわち、全ての子供に確実に育成すべき資質・能力に関しては、子供一人一人の特性や学習進度、学習到達度等に応じ、指導方法・教材や学習時間等の柔軟な提供・設定を行うことなどを「指導の個別化」として、さらに、子供の興味・関心・キャリア形成の方向性等に応じ、教師が子供一人一人に応じた学習活動や学習課題に取り組む機会を提供することで、子供自身が自らの学習を最適となるよう調整することを「学習の個性化」として再定義し、この両者を、教師視点から整理した概念が「個に応じた指導」であり,この「個に応じた指導」を学習者視点から整理した概念が「個別最適な学び」であると定式化したのである[3]。細かい言葉遣いの問題ではあるが、そこでは、「個別最適化された」という表現に換えて「個別最適な」という形容動詞が用いられ、これが「協働的な」という対(つい)となる形容動詞と相互補完的な関係にあるものとして位置付けらえれている。

 経産省ラインの定義とは異なる視点から、この「指導の個別化」及び「学習の個性化」概念と接合するかたちで再定式化された中教審バージョンの「個別最適な学び」が、今後どのように具体化あるいは更新されて、学習指導要領に書き込まれることになるのかという点に関しては、現時点で容易に予想できない。けれども、こうした議論が次期学習指導要領の策定に深く関係する可能性が十分に考えられる以上、「指導の個別化」や「学習の個性化」という概念に関して、改めてその意味を吟味したり、今後の関係省庁における議論の展開に注目したりすることは、ここに見てきた動向を批判的に捉え、私たちが自分たちなりに次の時代の学校教育に関する構想を練って行く上で助けとなるかもしれない。

 

[1] ただし、この「第1次提言(案)」は、2018年6月4日開催の「第4回『未来の教室』とEdTech研究会」で提示されており、それに先立つ2018年5月7日「第3回『未来の教室』とEdTech研究会」におけるゲストスピーカーの1人山口文洋(リクルートマーケティングパートナーズ代表取締役社長・当時)の報告とこれに基づく委員たちによる議論に、その萌芽が見て取れる。

[2]  加藤幸次・安藤慧(編)『講座 個別化・個性化教育(1) 個別化・個性化教育の理論』(黎明書房、1985年)

[3] こうした再定式化には、中教審教育課程部会委員を務める教育学者奈須正裕による2020年7月27日に開かれた部会での発表内容が大きく影響しているとみなすことができる。次を参照。中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会 「教育課程部会(第118回)配付資料 資料1奈須委員発表資料」https://www.mext.go.jp/content/20200727-mxt_kyoiku01-000008845_2.pdf 及び「同奈須委員当日説明資料」https://www.mext.go.jp/content/20200727-mxt_kyoiku01-000008845_4.pdf((2021年2月18日閲覧)