最近の教育評価・学習評価論におけるassessの語源に関する誤解について

 学校教育における学習評価論の転換を図る文脈で、近年よく取り上げられるのが、assessmentの元の動詞assessの語源です。いわく、assess の語源は「そばに座る(sit by/beside) 」の意なのだから「学習者に寄り添う」という意味こそ教育評価・学習評価の本義であるべきだと。これは日本に限ったことではありません。米国でも同様の例が多く見られます(“assess”+“sit beside”+“education”をキーワードとして検索エンジンにかければ、その手の記事がいくつもヒットするでしょう)。

 しかし、これには問題があると言わざるを得ません。もちろん、学習者(被評価者)に対するある種の支援的ないし共感的な評価の、あるいは、臨床的評価論と呼ぶべきものの重要性を唱えること自体に異論を唱えるつもりはありません。むしろ、その可能性は大いに議論されるべきだと思われます。けれども、その根拠として「語源」を持ち出すのであれば、その語源的理解が正確でない限り、語源を持ち出すことによる学術的権威性も、したがって、それに依拠した主張の有効性も掘り崩されてしまうことになるのではないでしょうか。

 結論から言えば、私の調べた限りで、assessが語源的に「そばに座る(sit by) 」という意味を持っていたことに誤りはないとしても、それは「被評価者のそばに座る」の意ではなく、「(別の主たる)評価者のそばに座る」という意味しかないと判断せざるを得ないのです。したがって、「学習者に寄り添う」という意味こそがassessの本義なのだという主張は成立しそうにありません。むろん、私の調べ方が足りないだけかもしれないので、以下の整理に誤りがあれば、ご批正をお願いできれば幸いです。

 手元にある電子辞書の1つ『リーダーズ英和辞典第2版』でassessを引くと、たしかに、[F<L assess‐ assideo to sit by]という標記が見られ、ラテン語由来で「そばに座る」という意味であったことが示されています。しかし、別の辞書『研究者新英和辞典第7版』のassessの項には、“〖F<L=そばに座る, (裁判官を)補佐する<AS―+sedere, sess― 座る (cf. session)〗”と、また『ジーニアス英和大辞典』でも、“〔初15c;ラテン語 assidēre. 「as-(…に)+-sess (座る)=(補佐として)判事の横に座る」. cf. session, sit〕”と記されており、assessの主語(評価主体)が「そばに座る」対象は「被評価者」の方ではなく、「(別の主たる)評価者」の側であることになります。この点を無視すべきではないでしょう。

 さらに別の資料も参照しておきたいと思います。ネット上にある『語源英和辞典』 https://gogen-ejd.info/assess/ でも、 “㋙㋫assesser(査定する)→㋶assesso(税金を決定する)→㋶assessus(裁判官の職を補佐した)+-to(反復動詞)→㋶assideo(裁判官の職を補佐する)→㋶ad-(~の近くに)+sedeo(座る)→㋑sed-(座る)が語源。「裁判官の近くに(ad-)座って(sedeo)課税額を決定すること」がもともとの意味。㋓session(議会)と同じ語源をもつ。”という記述があります。また、アメリ英語圏の最も主要な辞書ウェブスターのオンライン版 https://www.merriam-webster.com/dictionary/assess にも、“History and Etymology for assess Middle English, probably from Medieval Latin assessus, past participle of assidēre, from Latin, to sit beside, assist in the office of a judge — more at ASSIZE”と示されており、あくまで「裁判官室で補佐する」ことであるとされています。最後に、オンライン上の語源辞典として有名なOnline Etymology Dictionary https://www.etymonline.com/word/assess によると、

 

assess (v.) early 15c., "to fix the amount (of a tax, fine, etc.)," from Anglo-French assesser, from Medieval Latin assessare "fix a tax upon," originally frequentative of Latin assessus "a sitting by," past participle of assidere/adsidere "to sit beside" (and thus to assist in the office of a judge), "sit with in counsel or office," from ad "to" (see ad-) + sedere "to sit," from PIE root *sed- (1) "to sit." One job of the judge's assistant was to fix the amount of a fine or tax. Meaning "to estimate the value of property for the purpose of taxing it" is from 1809; transferred sense of "to judge the value of" (a person, idea, etc.) is from 1934. Related: Assessed; assessing.

 

というさらに詳細な情報を参照することができます。これによると、「裁判室で判事の仕事を助ける」「課税目的で財産の価値を見積もる」の意味が転じて「(人や思想などの)価値を判断する」ことを意味するようになったというわけです。

 以上に鑑みると、assessが語源的に「被評価者=学習者に寄り添う」ことを意味していたと考えることはできないことになります。要するに、従来の教育評価・学習評価を批判して、いまやより支援的・共感的で臨床的な評価が必要なのだという主張を補強する目的で、評価を意味する英語として、最近evaluationに代わってよく使われるようになったassessmentの語源を引き合いに出すことは端的に誤りだということになるでしょう。

 しかしながら、教育学においてeducational evaluationに代えてeducational assessmentを用いるようになったことの価値づけとして、このassessの語源に着目することが無意味であるというわけではないでしょう。この言葉がもともと「主たる別の評価者の補佐を務める」ことを意味していたのであるとすれば、評価者の側の「複数の視点」が含まれてよいという点の、すなわち、評価(の視点や規準)の多面性・多角性という点の重要性を強調する上で有効な知見として援用することは不可能ではないからです。実際、「環境アセスメント(EIA) 」とは、ある種の事業が環境に及ぼす影響(impact)を多面的・多角的に検討することを意味します。同様に、現代および将来の教育評価・学習評価においても、その多元性が重視されるべきだとすれば、そうした意味合いを読み込むことが可能な語源を有するassessmentをevaluationに代えて用いることの積極的意義の根拠として据えることは可能だと言えるからです。