仕事で書いた小文(ドラフト)①:外国語教育と基礎・基本

minor-pop2008-06-10

 今日の更新は、「仕事で書いた小文」で(このタイトルは宮台真司ブログのパクリが明らかですが^^;;)。その本では「外国語の基礎基本」というタイトルだった。たまに学生さんも利用するサイトなので、利便性のためにここにアップする次第。
 所収は、浅沼茂編著『新教育課程の教育プロセス No.1 新しい「基礎・基本」の習得』教育開発研究所、2008年3月(2520円 ISBN=978-4873809953)の164-167頁。私の書いたものを除くと、かなりいい論考が多い。お薦め。

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外国語教育と基礎・基本
1. 基礎・基本を複合的・主体的に捉えよう
 日本には法的拘束力を有する学習指導要領が存在する以上、そこに示されている内容こそ、どの子どもも身につけるべきミニマム・エッセンシャルズとしての基礎・基本なのだという立場も成立しよう。実際、前回指導要領改訂の際、旧文部省も『初等教育資料』(平成12年7月号)で、基礎・基本とは学習指導要領に示された内容だという立場を表明している。
 しかし、そこで示されている基礎・基本は、いわばアモルファス=無定形で、具体的に明確化することが難しい要素を含んでいる。同資料は、基礎・基本を「読・書・算などの基礎的な知識、技能のみと狭くとらえるのではなく……主体的に学び、自分の考えをもち、それを的確に表現できる力、学び方やよりよく問題を解決できる力をも含んだもの」と捉えているのである。
 この方向性は、今回の改訂指導要領で---主に総合学習で目指される「探究」はおくとして---基礎・基本とは別に、これを「活用」する「思考力・判断力・表現力」を育むことの重要性が唱えられていることと一致する。が、上記のごとく「指導要領の内容=基礎・基本」とすると、「基礎・基本の活用力も基礎・基本」という一見奇妙な図式が登場することになる。
 ここで文科省による定義の是非を云々するつもりはない。確認しておきたいのは、今や基礎・基本とは複合的なものであり、そうした曖昧さが不可避である以上、外国語の基礎・基本とは何かということも、最終的には各現場で明確化していくしかない部分があるという点である。むろん、それは各自で勝手に考えていいということではない。現実には、各教員が、新指導要領の核心をつかみ、それを現場の文脈に即して応用していく以外にない。いわば、子どもだけでなく教師にも、学習指導要領という「基礎・基本」を主体的に「活用」する思考力・判断力・表現力が求められているのである。
  
2. 新指導要領「外国語(英語)」に見る基礎・基本 
(a) コミュニケーションに対する積極的な態度
 新指導要領を見ると、「積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度」こそ、外国語学習の最たる基盤であることが再確認できる。
 周知のように、改訂の目玉の一つに、小学校における「外国語活動」の導入がある。これは、中学校における基礎・基本のさらに基礎=素地としての役割を担う。その目標や内容として、体験的活動を通じて積極的な態度を育成することの重要性が、何よりも強調されている一方、「正しく」聞き取る・発音する・読む・書くという記述は一切ない。他方、中学校学習指導要領では、小学校で育成されたこの積極的態度を礎にして、具体的な外国語活動がより豊かに展開されるよう配慮すべきであるとの趣旨が示されている。
 つまり、外国語学習における最も重要な基礎とは、他の言語や文化に興味関心を持ち、自らの知識量や発音等の正確さに拘泥せず、その時点での持ち駒を駆使して、前向きにコミュニケーションを図る態度だということである。
 そのためには、教える側の小学校教員自身に、そうした姿勢を自ら示す表現力が求められる。World Englishesと複数形で示されるように、世界にはインド人訛り、中国人訛りなど様々な英語があるのは当然で、日本人訛りの英語でも物怖じする必要はない。
 また、時に日本語混じりに英語を使っても否定的に考える必要はない。そうなってよい場面もあるからだ。英語の方が得意だが、日本語もかじっているという相手と話す時には、日本語を英語とミックスで使ってコミュニケーションが深まる場合も十分にある。その意味でも、まず、その時点で持っている知識を十全に活用し、積極性を前面に押し出して表現する能力が教師にも求められる。
 ここで、一つの逸話を紹介しておこう。小学校教員を目指すある大学生が、オーストラリアの小学校でソーラン節を披露したのだが、そこで、子どもや保護者に、そのダンスの意味を説明するよう求められた。彼女は一瞬たじろぎながら、自分を指差し “fisherman, fisherman, fisherman”、ジェスチャーで網を作り“net, net, net”、引き網の動作をしつつ “pull, pull, pull”と話しただけだった。が、聞いていた人はみな “A-ha”などと頷き、十分に理解した様子だった。
 一語文の反復をお世辞にも上手い英語とは言えないが、これで一定のコミュニケーションは成立したのである。ある意味で、こうした姿勢こそ、外国語学習でまず育まれるべきものではないか。とはいえ、より豊かなレベルの基礎・基本も考えなければなるまい。
(b) 実践的コミュニケーション能力
 中学校新指導要領では、小学校における外国語活動で外国語に対する慣れ親しみがすでに培われていることを前提にできることになり、また、習得すべき語彙数や文法事項が増加しているなどの変化が見られるが、新指導要領でも、養うべき力を「英語を理解し、英語で表現できる実践的な運用能力(・・・・・・・・)」とまとめているので、「実践的コミュニケーション能力」の養成という平成10年改訂指導要領の目標が、今回の改訂でも踏襲されていると考えてよい。
 高橋(2005)によれば、実践的コミュニケーション能力は「教室外で外国語(英語)がコミュニケーションの一手段として使用可能となる能力」と表現できる。学校外の生活で、空所補充や多肢選択式で解決するコミュニケーションはまずない。そうした学校のテストでしか役に立たないかもしれない能力ではなく、現実の生活場面で実際に必要とされ、通用する蓋然性が高いコミュニケーション能力こそが、実践的能力という名に値しよう。
 この能力を育むために、高橋をはじめとする英語教育研究者・実践家が開発に取り組んできたのが、「タスク」と呼ばれる課題の解決を軸として展開される学習活動である。この言語活動は、単純化して述べれば、特定の語彙や文法事項を子どもたちに習得させるために、その語彙や文法事項を使用せざるを得ないような、できるだけリアルな文脈設定をし、そこでのコミュニケーションを適切に進める活動を通して、必要な知識の習得とともに、現実的なコミュニケーション能力の向上を図ろうとするものである。
 たとえば、時制(現在形や現在進行形、また現在完了形と過去形との区別など)の使い分けに関するポイント説明の後、次のような言語活動を提示する。「中学3年のあなた(鈴木さん)は、地域のボランティア活動で知り合ったオーストラリア出身の留学生Allan(大学生)を翌週、地元の観光スポットに案内してあげることにしました。どこがいいかをAllanと電話で相談して決めましょう」と。ワークシートには、この活動内容とともに、その手順(電話をしてAllanが何をしていたかを尋ねる、次に、どんな場所に行ったことがあるか、いつ行ったのかを尋ねる、など)と、各観光名所の絵が示されている。また、各名所の絵の上下に、場所の名前・様子と、自分が行った回数や、いつ行ったといった設定が書き込まれている。
 この活動のパートナー(電話の相手役)には、留学生のAllanの立場から設定された活動内容や情報を示す同様のワークシートが配布されており、そこに示されている手順に沿って、互いにコミュニケーションが試みられる。これにより両者が、与えられた課題の遂行を目指す中で、自らが理解した知識を実践的に活用する能力を身につけるための機会を手に入れるのである。
 こうしたタスクを軸とする言語活動は、その地域・学校・クラスの諸条件や文脈に応じて、現場の教員が様々な工夫を施すことで、子どもたちが、その言語活動に動機づけられるものになると同時に、これにより、基本的知識とその活用力を習得できる可能性が高くなるという点で、改訂指導要領の理念に即したものと言ってよいだろう。そして、ここに、教師自らの思考力・判断力・表現力という腕の見せ所があるということが理解されよう。

<参考文献>
・ 加藤幸次・佐野亮子編, 2006,『学級担任が教える小学校の英語活動』黎明書房.
・ 高橋英幸編, 2005,『文法項目別英語のタスク活動とタスク』大修館書店.