仕事で書いた小文②:「活用型」カリキュラムのための...

minor-pop2008-06-15

 昨日は、アメリカ教育学会第20回大会に参加し、シンポジウムで報告した。シンポジウムの「アメリカ教育における公共性と格差」というテーマは意義があると思うが、議論を深めるにはいろいろ工夫が必要と感じた。自分の報告にはフロアから具体的な反応がなかったので、報告内容に意味があったのかなかったのか、不明(^^;;)。
 さて、今回もお手軽更新。
 浅沼茂編著『新教育課程の教育プロセス No.2 「活用型」学習をどう進めるか』教育開発研究所、2008年5月(2520円 ISBN=978-4873809960)所収、30-33頁から。
 いつもお世話になっている石浜西小学校の校長先生も1つ章を担当されている。

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「活用型」カリキュラムのためのオーセンティック・アプローチ

0. はじめに
 2008年1月に公表された中教審答申、及び同3月に告示された学習指導要領に看取できる<学習の三段階論的図式>、すなわち、主に教科が担うとされる、基礎的・基本的な知識・技能の「習得」と、そうした知識・技能の「活用」、さらに、これらを発展させ、主に総合的な学習の時間が担うとされる、様々な課題の「探究」という区分論が、どの程度の妥当性を持つのかという点について、ここで議論する余裕はない。ここではたんに、こうした図式を、無反省に受容するのではなく、むしろ批判的に吟味して、柔軟に「活用」することこそが重要なのだという点を指摘するにとどめたい。
 さて、本章では、活用型カリキュラムのそうした柔軟なデザインに資すると思われる「オーセンティック・アプローチ」と呼ばれる考え方と、その具体的な学習課題例を紹介し、その意義を確認することにしたい。

1. オーセンティック・アプローチとは何か
 日本の学力低下論者は、1980年代初頭の米国でも「学力低下論」が吹き荒れ、「基礎へ返れ(Back to basics)」という基礎学力重視の風潮が強まったという事実を引き合いに出し、したがって日本における「ゆとり路線」からの転換は当然で、米国でもそのような経緯を辿ったのだと、自らの主張を正当化しようとする。しかし、知ってか知らずにか、彼らが触れないのは、米国で、その後、特に90年代前後から、そうした傾向に対する批判が強まり、新たなカリキュラム論・教育方法論が多くの教育研究者・実践家によって唱えられることになったという事実だ。つまり、いくつかに分かれた教科ごとに、教科書に沿って、何らかの知識が訓練式・ドリル式の授業で教え込まれ、その習熟度を、多岐選択方式や、せいぜい空所補充や短い記述式問題のテストで測るという教育形態の限界が改めて認識され、これに代わる有効な方法論が提示されたのである。その一つが、オーセンティック・アプローチと呼ばれるものだった。
 オーセンティック(authentic)とは「本物の/真正の」という意味を表す言葉である。ここには、従来型のペーパーテストを軸とする学習では「真の学力」は育たないという含意があるが、このことは同時に次のことを意味する。つまり、このオーセンティックという形容詞は、大人が社会生活において取り組む「本物の」課題解決場面にできるだけ近い学習機会を子どもに与えることで、そうした「本物の」生活場面で求められる資質・能力を育てようという理念を表現するものだということである。
 こうした資質・能力は、まさに学習指導要領で求められている「社会において自立的に生きるために必要とされる力」としての「生きる力」に通じるものと言えよう。では、その「本物の」課題によるカリキュラムとはどのようなものだろうか。

2.  オーセンティックな課題例とその意義
ここでは社会科の課題例に目を向けることにしよう。<課題例⑴:社会科中学2年生用>
 あなたは1968年の選挙後,ニクソン大統領の顧問役を務めるものとします。あなたは大統領顧問として,米国のヴェトナムへの介入に関して勧告を行わなければなりません。あなたが作成する文書は,次の3つの部分からなるようにしなさい。まず,「はじめに」の部分を置き,そこで、その時点までのベトナム戦争に関してあなたが理解できている事柄を示すこと。その際,どのような人々がその戦争に関わっていて,その人々の目的は何かを説明すること。さらに,この「はじめに」の部分で,1文か2文で勧告内容を要約的に示して自分の助言の主旨を明らかにすること。次に、「本論」は次の2つの点を議論することによって,自分の助言に大統領が納得するように書くこと。まず最初に(a)自分の助言を支持するような資料を示します。そこには,統計などの様々なデータ,いろいろな事例や一般的な情報が含まれます。それらは信頼のおける,権威あるものであるべきです。さらに(b)自分の助言に対立するような内容の資料を示します。助言者であるあなたが、他の人たちにどのような反対を受けるかということに自ら気づいているということを,大統領に知らせるわけです。他の人たちから出て来るかもしれない勧告を予測して,なぜそれらが最善ではないのかを説明しなさい。そして,「まとめ」として,最後に勧告の正しさを訴えて,大統領に自分の助言が受け入れられるようにしなさい。
<課題例⑵:社会科小学校4-5年生用>
 州の下院または上院議員の人に手紙を書いて,ミシシッピ川のワシがたいへん危ない目にあっていることについて,どうしたらよいとあなたたちが考えているのか,自分の意見を伝えましょう。手紙は,相手の議員がなるほどと思ってくれるものでなければいけません。そして次のことを守りなさい。この話題について自分が知っていることを伝えること。いろいろな考えをいくつかの段落にまとめること。文はいろいろな書き出しを使うこと。考えていることを伝えるために,対話の形を用いてかまいません。正しい手紙の書き方をすること。正しい句読点やつづりにすること。友達に手紙を読んでもらって,役にたつ批判をしてもらうこと。そして自分で書いた手紙に満足できたら,それを郵送しましょう。

 こうした課題は、まさに「本物の」社会生活のシミュレーションを、授業の中で実現しようとする試みであると言うことができるだろう。その意義として考えられる諸要因のうち、ここでは2点を取り上げて確認しておくことにしたい。
 第一に、地域社会や子どもの諸条件を考慮しながら、こうした「本物の」世界をテーマに設定することは、それまでに身につけた知識・技能を総動員して、可能な限り解決してみようという挑戦意欲を子どもに惹起させるに充分な力を持っている。たとえば、課題例(2)で言えば、議員にあてて子どもたちが書いた手紙やメールに、実際に議員から返信が来たり、それがHPにアップされたりすることもある。すると、子どもたちは、自分たちの学習やその成果が、学校を超えた現実の社会に小さくとも影響を及ぼしている、自らと現実の社会がつながっていることを実感し、それが、それまでに学んだことを有効活用したいという動機付けになるのである。
 第二に、上記は社会科の課題例ではあるが、統計データの活用という点で「算数・数学」、また、適切で説得力ある論理的な文章作成という点で「言語(国語)」、さらに、課題例(2)で生態系の問題を扱うという意味では「理科」、ポスター作成を考えれば「図工・美術」という複数の領域の知識・技能を一つの課題解決のために統合的に使いこなすという、現実社会で求められる本物の「活用」能力を育てるための有効なアプローチになる可能性が高い。
 このようにオーセンティック・アプローチは、学校の中でしか役立たない能力ではなく、社会的・現実的な「本物の」課題解決の能力を重視し、さらに、子どもを知識・意味の再認・再生に終始する受動的役割から、それを縦横無尽に活用する積極的主体へと転換させる試みとして、日本における「活用型」カリキュラムのデザインに重要な示唆を与えてくれるものと言えるのではなかろうか。
<参考文献>
・ Newmann, Fred. M., et al. Authentic Achievement: Restructuring Schools for Intellectual Quality. Jossey-Bass, 1996.
・ 澤田稔 「アメリカ合衆国における教育方法改革の最前線」 松浦善満・西川信廣編著『教育のパラダイム転換』福村出版、1997年。