9月入学問題に関する資料集

先日、ひょんなことから、たまたまラジオに電話出演して、9月入学問題について「慎重派」として話さなければならなくなった。本番は事前に打ち合わせた台本がほとんど使われなかったので、全く不慣れな自分は焦っているうちに終わってしまったが、出演準備をかねて事前に関連情報を整理してはいた。

 

そこで、このブログ記事では、覚え書きとして、集めた情報を資料集的にまとめておくことにした。

 

今回の9月入学問題は、長期休校が新年度に入っても続くことになったことを受けて、東京都のある高偏差値高校の生徒が4月1日にSNSを通して「新学期の開始を、この機会に諸外国と同じ9月に」というメッセージを発信して多くの注目を集めた(4.1万RT)ことが最初の発端と言えるのかもしれない。
https://twitter.com/hby36/status/1245139751167901696

ただし、報道が加熱したのは、4月29日にオンライン開催された全国知事会でこの問題が俎上に登り、実際には反対派・慎重派(これらの発言は概して大手新聞地方版でのみ掲載)が少なくなかったにもかかわらず、東京都小池知事と大阪府吉村知事による積極的発言が全国紙に目立って紹介されてからだったように思われる。くわえて、この後、萩生田文科相安倍総理による検討の可能性を示唆する発言、国民民主党WTなどの積極的な提言等が続き、国民的注目を浴びることになった。

これらの積極派の動向を受け、これに対抗する慎重派の議論も目立つようになり、特に日本最大の教育系学術団体である日本教育学会も5月11日には「「9月入学・始業」の拙速な決定を避け、慎重な社会的論議を求める ――拙速な導入はかえって問題を深刻化する――」と題する声明(資料[13])を発表したことや、小学校長会が意見書(資料[14])を文科省に提出したもことも注目を集めた。

さらに、賛成反対とは別に、各種の調査・分析も見逃せない。何よりもまず社会調査研究センターが2020年5月6日に実施した世論調査で、賛成派が多いという結果が耳目を引いた(資料[18])。しかし、日本若者協議会室橋氏の独自調査は異なる様相を示している(資料[19][20])。また、賛否の割合とは別に、9月入学問題に関する学術的な検討を加えた論考として、経済学者中里透氏(資料[16][17])や中室牧子氏の知見(資料[22])も非常に参考になる部分を含んでおり、さらに、直近では、教育社会学苅谷剛彦氏研究チームによる分析結果(資料[23])も強い印象を与えるものとなっている。

これらに関する記事や資料を以下に列挙する。ちなみに、個人的には、カリキュラム・教育方法論の立場から見たときに、慶応大教授で教育方法学会理事の佐久間先生が公開された提言書は圧倒的で、この問題の賛否にかかわらず広く読まれるべき労作と考えている。

【積極派】
[1]
今でしょ!橋下徹氏が9月入学に大・大賛成…『ミヤネ屋』生出演で「やるんだよという大号令を」と政府に呼び掛け:
芸能・社会:中日スポーツ(CHUNICHI Web)
2020.4.29
https://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/entertainment/news/CK2020042902100072.html
[2]
2020年5月1日 「9月入学・9月新学期」案に関する提言
国民民主党文部科学部門 9月入学検討ワーキングチーム
https://www.dpfp.or.jp/download/48454
[3]
【世界裏舞台】作家・佐藤優 9月入学にかじを切れ
2020/05/10 07:51 産経ニュース
https://special.sankei.com/a/politics/article/20200510/0001.html
http://a.msn.com/01/ja-jp/BB13Qymt?ocid=st
[4]
「9月入学」には即刻政治決断が必要~6月決定では間に合わない
https://news.1242.com/article/222415
[5]
尾木ママが「9月新学期」と小学生「留年」解禁を提言〈週刊朝日AERA dot.
5/13(水) 9:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200512-00000011-sasahi-soci

【慎重派】
[6]
9月入学・新学期は進めるべきではない ― 子どもたちと社会への影響を重く見るべき4つの理由(妹尾昌俊) - Y!ニュース  
妹尾昌俊  | 教育研究家、学校・行政向けアドバイザー
4/28(火) 15:02
https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/20200428-00175660/
[7]
休校が長引くことへの対策、政策を比較 ― 夏休み短縮・土曜授業、9月新学期、学習内容削減(妹尾昌俊) - Y!ニュース
妹尾昌俊  | 教育研究家、学校・行政向けアドバイザー
4/29(水) 21:45
https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/20200429-00175852/
[8]
緊急事態下での「9月入学制度」の導入には「反対」です!:「学びをとめないこと」に焦点をしぼって、やり切ることの大切さ | 立教大学 経営学中原淳研究室 - 大人の学びを科学する | NAKAHARA-LAB.net2020.4.30 10:34/ Jun
http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/11632
[9]
佐久間亜紀・慶応義塾大学教授による政党向け「9月入学制度に関する論点整理および喫緊の対応を求める要望書」
2020.4.30
https://drive.google.com/file/d/1HzfbVfKlVap4hJ0YHHpIXovm_MUtO2M7/view  
[10]
9月入学でますます加速する教育現場のブラック化!子ども・若者にいま政治家が果たすべき責任とは(末冨芳) - Y!ニュース 末冨芳  | 日本大学教授・内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員
4/30(木) 11:49
https://news.yahoo.co.jp/byline/suetomikaori/20200430-00176083/
[11]
火事場の9月入学論は危険だ/先進国で最も遅く義務教育を始める「コロナ入学世代」への懸念 - 末冨 芳|論座 - 朝日新聞社の言論サイト
2020年05月03日
https://webronza.asahi.com/national/articles/2020050200001.html
[12]
田中愛治・早稲田大学総長「9月入学」課題多く 現場の声聞き戦略緻密に:
2020/5/10 2:00 日本経済新聞 電子版
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58900020Y0A500C2CK8000/
[13]
日本教育学会声明 2020年5月11日
「9月入学・始業」の拙速な決定を避け、慎重な社会的論議を求める ――拙速な導入はかえって問題を深刻化する――
http://www.jera.jp/20200511-1/
[14]
全国連合小学校長会 令和2年5月14日
9月入学・始業の導入に関わる意見書
https://www2.schoolweb.ne.jp/weblog/files/1350002/doc/169921/4316322.pdf
[15]
畠山勝太 大学国際化のための9月入学を今議論する愚かさ
2020/05/19 08:00
https://note.com/sarthakshiksha/n/ncefcb4203796

[追加-2020.5.22-1]

そろそろ9月入学の議論は延期して、もっと重要な課題に取り組むべき(妹尾昌俊) - Y!ニュース
2020.5.22 
https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/20200522-00179635/
 
[追加-2020.5.22-2]
「9月入学・始業制」に関する提言書の提出と記者会見について « 日本教育学会 
 

[追加-2020.5.29]

全国国公立幼稚園・こども園長会

秋季入学についての意見 

https://www.kokkoyo.com/pdf/syuki-nyugaku.pdf


【分析・調査・推計等】
[16]
【SYNODOS】「9月入学」について考える――誰のために? 何のために?/中里透 / マクロ経済学・財政運営
2020.5.7
https://synodos.jp/education/23524
[17]
【SYNODOS】「9月入学」について改めて確認しておきたいこと/中里透 / マクロ経済学・財政運営
2020.5.17
https://synodos.jp/education/23561
[18]
若年層の過半数は9月入学制に賛成コロナ対応で評価できる政治家 トップは吉村大阪府知事、次いで小池東京都知事
時事ドットコム
2020年5月11日
https://www.jiji.com/jc/article?k=000000002.000056820&g=prt
[19]
「9月入学」移行案に当事者の学生はどう思っているのか?【独自調査結果】(室橋祐貴) - Y!ニュース 2020.5.13
https://news.yahoo.co.jp/byline/murohashiyuki/20200513-00178039/  

※室橋祐貴氏は慎重派といってよい。
[20]
未就学児とその保護者にとって「9月入学」はデメリットのみ?保護者からの切実な声(室橋祐貴) - Y!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/byline/murohashiyuki/20200515-00178387/
[21]
9月入学で教員2.8万人不足の推計 待機児童も急増:朝日新聞デジタル
2020年5月17日
https://www.asahi.com/articles/ASN5J5W43N5GUTIL052.html
[22]
科学的根拠に基づいて「9月入学」を考える
慶応義塾大学 総合政策学部中室 牧子
2020/5/18  自民党 秋季入学制度検討ワーキングチーム 第3回 配布資料
https://drive.google.com/file/d/1wGoEJPGRlSzFjOrqlQ-p5wsCZJqRiKZf/view?fbclid=IwAR01sOgLldpBzZquMMYzk9qFalfCPtrfjYDzgMmJGeRWDMqVF7auCRg9wSA
[23]
9月入学導入に対する教育・保育における社会的影響に関する報告書
呼びかけ人 苅谷剛彦(オックスフォード大学) 2020 年(令和二年)5 月 19 日発表
http://www.asahi-net.or.jp/~vr5s-aizw/September_enrollment_simulation_200519.pdf

[追加-2020.5.25]

9月入学導入に対する教育・保育における 社会的影響に関する報告書[改訂版](暫定)

呼びかけ人 苅谷剛彦(オックスフォード大学) 2020 年(令和二年)5 月 25 日改訂版(暫定)発表 (5 月 19 日初版発表)

 

[24]

9月入学の「隠れたコスト」――新卒者の「放棄所得」と国の「逸失税収」 / 荒木啓史 / 教育社会学・比較教育学 | SYNODOS -シノドス-

2020年5月20日

https://synodos.jp/education/23575

 

【その他】

[追加-2020.6.10]

「9月入学」なぜ見送り? | 特集記事 | NHK政治マガジン

https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/39141.html

自民党内での議論の顛末に関する記事

このような各種報道や資料の公表が続く中で、識者による慎重派の意見が目立ってきているようにも見え、一部メディアでは、文科省が次のような意向、すなわち学習内容の遅れを数年間で解消するプランを持っていることが報じられたが、
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休校で学習遅れ、複数年で解消も 小6中3は優先登校、文科省方針(共同通信) - Yahoo!ニュース5/13(水) 11:46配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200513-00000063-kyodonews-soci
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官邸は9月入学への移行を諦めていないようで、学習内容ではなく、9月入学への移行を5年かけて、ずらしながら実施するという学年の分断にもつながる奇妙な案が検討されていることが報じられた。
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「9月入学」5年で移行案 新入生急増を分散―政府:時事ドットコム
2020年05月18日21時50分
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020051800919&g=pol
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私が入手した情報では、文科省の教育課程課は、9月入学に関心はなく、学びの保障をどう進めていくかに集中・腐心し、9月入学問題の動向に関しては蚊帳の外という状態のようだ。そもそも、こうした包括的な制度設計に関わる問題を、首相官邸を中心とする一部与党のワーキングチームでの議論を中心に検討されていること自体が大きな問題とも言える。

自分が所属する日本カリキュラム学会では、重要な教育政策の策定が、教育再生実行会議による官邸主導で行われ、さらに、そこに経産省ラインの政策が流入すると同時に、文科省あるいは中教審の自律性が毀損されていることを問題視して、2014年大会(関西大学)で、文部科学省初中局長だった前川喜平氏や教育社会学広田照幸氏を招いて、異例の合同課題研究(課題研究Ⅰ&Ⅱの合同開催)「現代日本の教育課程政策における政治・行政・経営をめぐる諸問題」を開催し、議論したという経緯がある。ここには、中教審委員でもあった当時の学会理事の方が抱いていた危機感(中教審教育再生実行会議の下請け機関化しているという)も強く反映されていた。

今後、日本教育学会でとりまとめられる提言案の内容については関知していないが、9月入学・始業移行案に関して五月雨式に流れてくる具体的な方策への対応だけでなく、こうした政策立案過程の正統性に関する問題を含めてより一般的な諸問題の水準に関する内容も含まれることを期待して良いのではないかとも思う。

他方で、内閣府・子どもの貧困対策検討会構成員、子供の貧困対策に関する有識者会議委員で、現在は、文科省の「大学入試のあり方に関する検討会議」委員も務める日本大学教授末冨芳氏(教育財政学)が立ち上げた署名運動も注目に値する。自分も賛同したが、さらに多くの方の賛同が期待される。
http://ow.ly/6KSa30qHzAT

蛇足になるが、思いつくままにいくつかの論点を補足しておきたい。

9月入学問題は、1980年代中曽根首相時代の臨教審時代から検討され始め、第一次安倍政権の教育再生会議でも議論され、それでもやはり、賛成反対が拮抗してきたこと、また、初等中等教育の入口の手前である就学前教育・未就学児と、出口の後にくる企業・官公庁とをはじめとする社会全体に大きな影響を及ぼすことが障壁になり、導入が困難であったという事情がある。この辺りは、2007年の第6回教育再生分科会の配布資料からも窺える。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouiku/3bunka/dai6/6gijisidai.html
この非常時に、9月入学というアジェンダ設定がなされることで、より優先すべき課題に関する議論がその分後ろに退くことが問題であり、こうした複雑な問題についてショック・ドクトリン(火事場利用)的な議論は避け、子ども・若者に対するケアと学びの保障を最優先課題にすべきだろう。

また、9月入学がグローバル標準というのは端的に虚偽と言わざるを得ない。欧米諸国だけがグローバルでないわけで、入学・始業時期が国によって多様であることは外務省のサイトに行けばすぐにわかることであるということも踏まえておきたい。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/index.html

グローバル化に関してさらに言えば、グローバル化という要因に関して何を念頭に置くかで大きく立場が分かれる可能性がある。国際競争力や世界で活躍するエリート人材育成の方に大きな関心がある場合と、多くの移民や貧困状態に苦しむ人々をはじめとするより社会的に不利な立場にある人々の人権を重視する場合があるように見える。後者の立場は、そこまで9月入学問題を優先しないように思われる。

格差問題・学びの停滞問題にしても、グローバル化対応問題にしても、学校以外の教育リソースを豊富に得やすい環境にある家庭の子ども・若者と、教育リソースを学校教育に頼るしかない環境にある家庭の子ども・若者とでは、大きく立場が異なってくる。後者の方に相対的に高い比重をおいて、より手厚い措置をとるべきというのが私の立場だ。

くわえて、こういう社会全体に影響を与える課題については、結論だけでなく、そのプロセスが非常に重要なので、結論を急ぐあまり、各方面での丁寧な議論の機会をないがしろにすべきではないだろう(「決められない政治」などと結論を急がせ、歪んだリーダーシップを加速させるべきではない)。より丁寧な議論が、民主主義社会としての成熟につながり、かつ結果として成立する新たな制度への信頼を生むはずである。その点で、賛成・反対以上に、その理由を丁寧に付き合わせていくこと大事だろう。9月入学そのものは将来構想として否定されるべきではないが、打出の小槌としてではなく、高卒・大卒一括採用や入試のあり方を含めて包括的制度の再設計の問題として議論していくべきだろう。

最後に、首相官邸は、9月入学問題で文科省を振り回すのではなく、同省が、早期に高校入試、大学入試に関する明確な実施方法・予定を、いくつかの場合に分けて示し、受験生や関係者に一定の見通しを与えて少しでも安心させられるよう、また、繰り返しになるが、何よりも子ども・若者のケアと学びの保障をどうすすめるかに集中できるように配慮することをこそ、自らの責務と考えるべきであろう。

 

[5月27日追記]

意外に早く決着がついた模様。上に掲げた資料に関わられた多くの方の努力の賜物。よかった。これで、子ども・若者のケアと学びの保障に集中できる。あとは、この方面で政府の補正予算措置を望むばかり。

21年度からの「9月入学」は見送り 政府・与党方針 教育現場混乱を回避  毎日新聞

2020年5月27日 21時03分(最終更新 5月27日 22時06分)

https://mainichi.jp/articles/20200527/k00/00m/010/255000c

 

[8月6日追記ー資料追加]

 竹内 健太 (文教科学委員会調査室) 「9月入学導入の見送り ― 新型コロナウイルス感染症拡大を契機とした議論を振り返る ―」『立法と調査』 2020. 7 No. 426(参議院常任委員会調査室・特別調査室)

https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2020pdf/20200731178.pdf